僕らのあの空

人間は自由が大嫌いだ

「アァ~~生きるの苦しいな~~~~野生に還って自由になりてェーーーーーーー!」

突然失礼します。心理学生の寺っちです。

 

多くの人が、社会のルールや仕事にガチガチに固められては、冒頭の私のように自由になりたいと思っているのではないでしょうか?

 

「好きを仕事にする」とか言ってブロガーやyoutuberが流行りだしたのも、きっと皆さんに自由を羨む心があったから。

 

でも、実は人間は自由が大嫌いなんです。自由はストレスだから、結局自分で自由を制限しちゃう。今日はそんなお話です。

 

人は自然と思考を縛っている

例えば、「サントリーのビールが美味しい!」ってなったら、もうビール買う時に毎回毎回どの銘柄にしようか迷わなくなりますよね。ビールコーナーで、特に考えずにすぐプレモル買っちゃうみたいな。

 

こういうのをヒューリスティックっていうんですけど、考えることはエネルギーをつかうので、人は知らないうちにエネルギーを節約しようとして考えないようにするんですね。

 

私達はいくら忙しくても、ルールに縛られていても、思考は自由なはずなんです。でも、いくら「自由に考えてもいいよ!」って言われても、いつもと同じことしちゃう。

 

今の現状に苦しんでいるのに、それでも現状を変えようとせず、ただ耐えようとするのは、そのほうが楽だから。考えることっていうのはそれだけエネルギーを使うことなんです。

 

たしかに、毎日「私の生きる意義とは……」みたいなこと考えてたらしんどいよね。

考えないように、知らない間に私達のあたまはエネルギーを節約するモードになってるんです。

 

考えることは感じることだ

また、考えることにはもう1つの側面があります。

 

精神分析家のビオンが「考えることは情緒的な体験だ」と言ったように、考えることは時には感情に触れることにもつながるんですね。

 

人は考えることが嫌いなので、知らないうちに自分の感情に触れない、といったことも起きてきます。

 

例えば、本当は悲しい状況なのに自分の感情について向き合えなかったり、何かモヤモヤした感情があるけど、気にせず放置しちゃったり。

 

考えることをやめるとどうなるか?

では、考えることをやめるとどんな弊害があるのか、ということについてお話していこうと思います。

 

1つは、類型論※で考えてしまうために、人を不当に目定めてしまう可能性があるってこと。

※タイプで考えること。A型は几帳面とか。

 

「元犯罪者は悪いヤツだ」とか、「ナースはかわいい」とか、偏見みたいなもので当てはめてしまうと、いちいち考えなくて済むので楽なのですが、一人ひとりを適切に評価できません。

 

 

弊害のもう1つは、話の聞き手が、話し手の考える作業につき合いきれないってこと。

 

例えば、めちゃくちゃウルトラハッピ~〜な瞬間に、メンヘラの友達のめちゃくちゃ病んでる話、正直聞きたくなくないですか?

「そんなん考えすぎやって~!とりあえず飲みに行こ!」みたいな。相手のネガティブに付き合いきれずに、こっちが考えることをやめてしまうんですよね。

 

こんなふうに明るく対応してくれたほうがいい!っていう時ももちろんあるんですけど、そうじゃない時、例えば一人で悩みに悩んで、すがるような気持ちで助けを求めていたら?

頼れる人があなたしかいないのに、考えられることなく跳ね返されてしまったら?

 

きっと、「頼れる人は誰もいない」「相談しても無駄だ」と感じてしまいます。考えないことのデメリットって意外と大きいんです。

 

カウンセリングは、共感だけでなく考えること

「カウンセリングなんて、人の話をふんふん聞いてるだけでしょ?」みたいに言われることもあるのですが、人の話を本気で共感して聴こうとすると、考えることもセットになります。これがとてもエネルギーを使う。

 

「この人の言ってることって結局こういうことかな?」ってまとめてしまったり、

「この人はこういうことで悩んでいるのかな?」って決めつけてしまうと、100%の共感ではなくなってしまいます。もうそこには聞き手の主観が入っているから。

 

なので、カウンセラーはクライエントの言葉にならない、何だかわからないけど苦しくて考えられないモヤモヤにじっくりとつきあい、一緒に考えていく役割があるのではないかと思います。